2009年04月17日

Ben's Cafeの写真

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最近家庭教師先のお父さんに貰ったカメラで撮った僕の働いているBen's Cafeの写真。

やっぱりフィルムって素敵です。
目に見えているものとは違うものが写真になるって不思議です。
でも、正直に撮る人が出るようです。

きれいなのを時々アップします。
posted by 皆見龍一郎 at 14:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月04日

雪 雪 雪

ミノルタ


先週は風邪を引いて物凄くタフな一週間でした。

今日は家庭教師をしているお宅のお父さんからこんな(↑)素敵なカメラプレゼントしてもらいました。たくさんのことを知っていて、深い世界観を持ったお父さんは、カメラを修理するのが得意で、これもお父さんが壊れていたものを直したものです。(勿論つかえます)

これからこの子で写真を撮ってアップできたらいいな。
お父さんありがとう、また楽しみができちゃいました。

それから渋谷で、兄妹分の友達四人で会って、先程帰ってきました。


今日は雪ですね。
久しく行っていないけど、街灯に照らされて白い雪の粒が、無数に落ちているのを見ていると綺麗ですね、スキー場を思い出しました。三年前の冬はスキー場で過ごしていました。スキー学校の先生のバイトをやっていたのです。
その年の冬は山古志村に大量の雪が降った豪雪の年で、僕も仕事しながら何度も一日で一メートル五十積もる雪を体験しました。一メートル以上も降ると、大抵のものは雪に埋もれてしまいます。スキー学校の入り口も、ロッジの入り口も、雪面よりも下に隠れてしまっていました。朝の雪かきは半袖一枚でやりたくなるくらい、本当に大変です。
雪は光が当たると綺麗ですね。
スキー場での雪は、ナイター照明のカクテルライトが当たって、七色のあられ菓子が降っているみたいです。それは幻想的で、勤務が終わって八時くらいに、練習にも行かずに誰もいないレストハウスで本でも開きながらぼんやりしていると、無人のスキー場は本当にきれいな世界でした。

去年も一度しか行けませんでした。
二週間くらい時間を取って、ガンガン晴れた真っ青な空の下で、体が砕けるくらい速いスピードで滑りまくりたいです。
今はバイトも陸上もあるからちょっと難しいかな。

来年当たり狙ってみようと思います。



クライマーズハイ

クライマーズハイ』横山秀夫著 読みました。

最近読んだなかではかなり面白い本でした。
「山は、おりるために登るんさ」など、忘れられない言葉がいくつかありました。なんといっても、日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事件と、クライマーズハイを掛けるとても斬新な物語展開に息をつく間もありませんでした。映画も観てみたいと思います。


今は辺見庸の『もの食う人々』読んでます。


 
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2009年02月18日

新しい義足

イマセン 実家


久しぶりに実家に戻りました。


五年間連れ添ってきた陸上用の義足を交換するための調整で、家の近くの義足の工場に行きました。



な、な、な、なんとも美しいフォルムの義足が出来上がっていて、
思わずドキッしてしまいました。


使う親である僕の方は一発で一目ぼれした次第です。

写真左〉

果たして僕は彼を惚れさせることができるのか…?


いつも最高の義足を作ってくださる高橋先生、どうもありがとう!




それから、
〈写真右〉は僕の実家の家のそばの道から撮った実家の風景です。

僕の実家は丹沢大山国定公園の敷地内にあって、今では里に下りてきたツキノワグマの目撃があったり、鹿や猪の被害は日常茶飯事のカントリーサイドにあります。


写真の遠景には大山という1300mほどの神奈川県中央部の霊峰があって、昔の修験者さんたちは、この山を金剛界、富士山を胎蔵界と見立てて、二つの神様の山として必ずセットで修行したそうです。


僕の家には「木戸(きど)」という屋号(家のあだ名のようなもの)が古くからあって、今でも僕の田舎ではそれで近所を呼び合うのですが、
木戸というのはその行者さんたちが必ず通った検問のような、門のことなのだそうです。


今ではすっかり修験道もさびれてしまって、三つの塔頭が残るばかりで木戸などはどこにもありませんが、なかなか空気もよくていいところです。
「日向薬師」「大山」と検索したら、それなりの情報が出てくると思います。

もしよかったら僕の故郷の自然を歩きに来てみては。
(これからは花粉の季節でちょっとオススメできません)



 
posted by 皆見龍一郎 at 10:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

最近の読書棚

最近読んだ本を列挙しておきます。

なんだか最近いい本によく出逢います。

やっぱり僕の行えがいいからだと思います。


楊家将 トリックスター群像 雲の影 美しい闇


《一番左》 1月30日読了

北方謙三著 『楊家将 上/下』

水滸伝に打ちのめされた勢いで、北方中国文学の吉川英治文学賞受賞作の『楊家将』に手を伸ばす。圧倒的な筆力で描かれたこの作品も、中国語で書かれた原本とはかなり違う内容に仕上がっており、まさしく、巨大な中国文学の金字塔を使って北方謙三が自由奔放に彼の文学を構築した、と言える作品。
最高に面白いのは読む前から分かっていたけど、恥ずかしながら電車から降りて、ホームでぼろぼろ涙を流しながら読みきりました。五本くらい電車を逃したと思います。そのくらい、凄いラスト30ページ。


《二番目》1月30日読了

井波律子著 『トリックスター群像 中国古典小説の世界』

三国志に男を教わり、水滸伝に人の道を教わった(結局大上段に振り被りながら、できあがったのは紛れもなく女々しい)僕ですが、中国文学の先生方はこれらの巨大なスケールで描かれた作品をどう捉えてらっしゃるのか、そう思っていると、中国古典小説という銘とともに、こんなコピーの本に出逢いました。「幼女性愛から殺人機械まで――」どんな変人研究者が書いとんねんと思うと、京大の先生なのですね。思わず読んでしまいました。内容は、確かにトリッキーです。僕が好きな熱い中国文学の雰囲気は、あまり書かれていませんでした。がっかり。(コピーを見て分かれ)


《三番目》2月2日読了

花村萬月著 『雲の影』

文に酔う、という表現がありますが、最近の花村萬月の小説はまさしくそれですね。でも、この場合、昔石田衣良のことを書いたときに書きましたが、「美味しいシャンパンでも飲んだみたいな」ステキな酔いではありません。目が回るのです。いや、「眩む」か。作家の文章の機微に翻弄されるのです。これぞまさしく文章家の本領というか、単なるトリックスターというか。僕は好きです。吐くまで回されたい人です。そして、伊達に芥川賞を取っていない。宗教や性に対するインサイトはぞくっとするほど鋭く、時々悲しくなるほど自分が凡庸に感じます。まさしく花村文学全開の本。王国記W.


《一番右》読書中

長屋和哉著 『すべての美しい闇のために』

ただひたすらに、美しい。なぁんて、気恥ずかしくて使いたくないようなドストレートな表現が正しい、そんな本です。
僕が最近いい本に出逢えている、と思えているのは、実はこの長屋さんの本に出逢えたから、総じてそう感じてしまうだけなのかもしれません。それぐらい、素敵で凄い本です。まだ途中ですが、書いておきます。
……今数分、この本のことを体よく説明できる言葉を捜して、数行書いてもみたのですが、どうしても纏まりません。だからどうしても、もし今この文章を読んで縁を感じた人には買って読んでもらいたい。説明が出来る本ほど、心は消化することが出来たということ。心に響き続ける本ほど、その感動は言葉にできないものです。そして現時点この本に関してまだ僕は説明ができません。僕が今言えるのは、この本は多くの人の心を撫でて、そしてそっと世界のすべての美しい闇に寄り添おうとするような、愛の本である、ということだけです。
ちなみに長屋和哉さんに近しいお友達から僕は本を借りました。
長屋さんの音楽も(今は音楽家としても活動されています)聴きましたが、それも、心の奥底で鳴る、原体験の音風景のようで、凄く好きでした。



《今日》

今日は陸上の練習200m×4本×2セットの日。
本当にしんどくて、久しぶりにもう走りたくない、と思いました。
思えば、高校生の時は毎日こんな心境で練習を終えていたなぁと懐かしくなりました。早くレースに出たいです。投資のこの時期は、「いかに辛抱できるか」がテーマになってきたりもします。でもスポーツの真意は、やはり楽しむ、にあると実感を強くしています。らくをするのではなく、楽しむ。楽しむことは、決してらくではありません。「楽しむ」の「む」とは古文法でいう「意志の、む」でしょう。意志が働いて初めて、楽しめるのです。意志は、思考であり、ブドウ糖の大量消費であり、重労働であり、らくではありません。
さんざ垂れましたが、皆見はらくが大好きです。
だって名前も、みんな見てくれ、の皆見です。名前からして受動です。

ではでは…

200time: 31"22 31"46 33"34 34"72 / 31"73 34"34 38"23 35"91

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2009年01月31日

お気に入りの音楽達

DECKS R Hawtin Empyrean



四年ぶりにRed hot chili peppers レッチリの天才ギタリスト ジョン・フルシアンテのアルバムが出ました(一番右のジャケット)。最高に気持ちいい音楽になってます。ジョンはこのまま変化を続けていったら、一体どこまで行っちゃうんだろうな〜…
2004年、ジョンは6枚連続毎月アルバムリリースというリスナーを唸らせる企画をやってくれました。一枚目は、シンセを大々的に取り入れて神秘的な世界を表現してくれました。でも二枚目は一発録りのセッションミュージック、三枚目はロック色、四枚目は文学を思わせる感情的な音楽、五枚目は完全なるテクノサウンド、そして六枚目はなんと全篇アコースティックミュージック、と彼の音楽の持つ幅の広さを徹底的に見せ付けられると共に、どんな気分のときも彼の音楽がそばにあるような、不思議なパーソナルな気分を与えてくれる作品達を作ってくれました。そして何よりも、ヤク中になって死の淵を彷徨って、一度レッチリも脱退して、もう死ぬしかないんじゃないか、と思っていた彼が、見事に復帰して、Californication、By the way、とグループで出したアルバムごとに進化し、さらに変わりゆく彼が、一ヶ月に一度、優しくなり深まってゆく自分を見せてくれた、そんな嬉しさがありました。
アーティストというのは、他の何かを描いたり表現したりしているようで、実は自分を描いているのかもしれません。日々変化しゆく自分の目や、手で、同じ世界を、日々違うやり方で表現してゆく。ジョンを見ていると、それが、よく分かるような気がします。それを感じたのも、もう四年前のことです。
それで、今月新しい音楽を彼は作ってくれたのですが、これがまたジョンらしくて本当にいい。前からこのアルバムを知っていたような気がする。そんな肌に馴染む音楽でした。


それから、テクノサウンドの天稟、リッチー・ホウティンのアルバムを渋谷タワレコで買いました。(写真左、真ん中)
彼もまたイイ!…クールなテクノなのに、どこか人間的な香りがする。スマートで線が美しいのに、全体で見ると肉々しい人の姿が浮かんでくるよう。リッチーは、

http://jp.youtube.com/watch?v=Vb71_CZI2V4&feature=related

このYOUTUBEの映像が凄くいい。是非見てみて…


今日は雨で練習会が中止です。雨の日はくよくよせず音楽でも聴きましょう。

 
posted by 皆見龍一郎 at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月28日

今日の変化

今日、前から書いていたLa Aina@勝浦のことも視野に入れて、来季を目途に千葉の九十九里の方へ引っ越すことを決める。
九十九里は、前々からワケもなく憧れていた場所で、行ったこともないのに、何度もそこを舞台に小説を書いていた場所だった。
九十九里の近辺からLa Aina リゾートのある勝浦までは、車で30分ほど。そして都内までは90分でアクセスできる。陸上も、大学も、少しは通い辛くなるけれど、その代わりに得られる環境を天秤にかければ、何ほどのこともない。自然環境は抜群だし、地価もいい。文家は今データで遣り取り可能だから、仕事自体は不便もない。何よりも、すぐに歩けば日本屈指の浜、という環境が僕には嬉しい。潮風に当たりながらペンで文章の切れ端を書けば、また違う味の小説が書ける気がする。
今日は千駄ヶ谷で練習だったから、帰りいつものように新宿を通った。いつもは避けて回る、新宿駅近く、アルタ前や靖国通りの喧噪、それから、ゴールデン街、歌舞伎町、ラブホテル街、あまり好きで通る場所ではなかった。でも、自分がこれからこういうもののほとんどない自然に囲まれた、人間の本来的なクリーンな場所に移ると思うと、急にこんな都市の汚濁が愛おしくなる。不思議な感覚だ。街が好きだ、と久しぶりに、新宿を自転車で流しながら、そう思った。街は、確かに汚い。だけど時にはっとするほど、人らしく、美しい時がある。

今日のmenu:80m×8本 サーキットトレーニング8周 (49分45秒 脈拍128)


 
posted by 皆見龍一郎 at 22:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

200m

今日火曜日は原宿の織田フィールドで、200mを4本×2セットの練習の日。



それにしても、毎回走るたびに不思議。というのも、僕はここのところ、10月に陸上を再開してから、ほとんどの肉体的労力を使って陸上の練習をしてきたのだけど、
この200×4×2の練習をすると、たいてい三本目でもう限界が来てしまう。つまり、たったの400mを分けて走って、もう限界なのだ。

あんなに毎日毎日そればかり考えて、確かに日々インプルーブしながら走って、それでもたったの三本目で、僕らは気絶しそうなくらいしんどくなって、「ウォー!」とか言いながら走ってる。

気の遠くなるような努力も、鍛錬も、葛藤も、全部、たったの3分400mの充実感にしかならない。

でも僕ら短距離ランナーはそれに価値を見つけて走ってる。


ということは、価値は時間でも、距離でも測れない、
結局は自分が何を価値とするかなんだ、と強く思ってしまう。


ただきついだけだどやっていられないので、文筆業の皆見はすぐにそんなことを考えながら練習してる今日このごろ。

それにしても、毎日毎日、昨日できなかったことが今日できる、そしてそれが目に見えて分かる陸上競技(タイムの競技)にどんどんハマっていく。


う〜ん、不毛なことが大好きだ。

 

 
posted by 皆見龍一郎 at 23:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

勝浦

勝浦の海 歩く五人


少し遅くなってしまいましたが、先週の土曜日、事務所の皆と勝浦に遊びに行きました。




綺麗な海。青い空。澄んだ太陽。

全部ステキな場所でした。



前に書いた、リゾート施設La Ainaの予定地を見てきました。


まだ、木の生い茂る海辺の小山だけど、ここに見たこともないような、仲間達のリゾートができると思うと、なんだかゾクゾクしました。



これから一年半掛けて、山を崩し、道路を敷き、建物を一つずつ建てていくそうです。



それから昼飯に食べた海鮮丼が美味かった…!


空、海、御飯、全部が美味しいとなったら、皆さんも遊びに行くしかないですね。

東京から一時間半です。



あと、僕がソソられたのは、勝浦のビーチはゴミも少なくて、非常に砂浜ダッシュに適していそうだ、というところ。


どうしてもハマを見ると走りたくなるのは、僕だけか・・・?



 
posted by 皆見龍一郎 at 23:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月20日

男達の荒野

水滸伝

北方謙三水滸伝を読み切る。


多分、かつてないほどの読書体験をしたと思う。


今まで、いい本には幾つか出会ってきた。だから、僕はこうして本を書こうと思っているわけだし、芸術に今も魅せられ続けている。


最初は、村上春樹だった。

『ノルウェイの森』が僕が一番初めに読んだ本だった。


それから、春樹文学をほとんど舐めるようにして読みつくして、
すぐ隣にあった、村上龍という似たような名前の作家に手を出した。


黄金ルールだったように思う。


二番目の村上は僕を春樹以上に虜にさせた。


特に、今でも『コインロッカーベイビーズ』と『愛と幻想のファシズム』そして、『限りなく透明に近いブルー』は、僕のなかの小説ヒーローであり続けてた。


美しい本を読みたいと思って、
純文学にも手を伸ばすようになった。芥川や太宰もこのとき出会った。

でも、何かが物足りなかった。


僕はかつての純文学と今の純文学とでは、
シーンの破壊力と熱気が違うように思う。

例えば、青春小説を幾ら読もうとしても、今ならバイクが出てきて、喧嘩が出てきて、麻薬まで出てきたりするのが今の文学だ。

でも、一昔前の青春文学には、せいぜい着物の読書好きの書生が出てくるまでだ。


それで、もっと刺激的な文学を求めて、僕は人生の一の小説家、花村萬月に出会った。

この人の本は凄かった。生々しい、痛々しい、そして、切ない。悲しいほど、うまみが詰まった、不思議な本を書いていた。

ブルース』と『重金属青年団』はオススメする。

未だに、僕の心のなかに、ブルースも青年団の青春も、打ち響いている。


そんな萬月がブルースのあとがきで、「俺は体言止めで文章を書こうとするたびに、ある男の名が頭にちらついた。そしてそれが、俺をパクリじゃねえか、って恥ずかしくさせた。俺達はいつだって、その作家の影に怯えてるようなもんだ。それくらい、その北方謙三という作家は凄いんだ」と言っていた。


それが、僕と北方謙三文学との出逢いだった。

萬月がどれほど言うのか、と思って、『夜の終わり』を読んでみた。確かに面白かった。でも、言うほどじゃないじゃないか、というのが正直な感想だった。きっと、子供だったのだと思う。

それから一年くらいが経って、自分が高校三年になると、

陸上で挫折したり、色々負けを味わったのだと思う。


少しずつ、北方謙三の本が好きになってきた。



北方謙三の本は、ただひたすら、「男を描く」本だった。

男達が酒を飲み、心に癒せない過去を抱えながら、社会の折り目で生きている。ひっそりと、息をひそめて。
でも、いつ燃え上がってもおかしくないような、熱いものを心のなかに抱えていて、それをどう処理していいのか分からなくて、馬鹿をやる。

夢を追ったり、人と争ったり、何かを守りあって、ぶつかったりする。


そして、死んでいく。ときに、生きていく。心に死をまた抱えながら。


ただ、間違えちゃいけないのは、物凄く肯定的なエネルギーに文学は支えられているということだ。

前へ、生きろ、と言われるような気がする。

気がするだけで、北方謙三はそんな女々しいことは言ったりしない。

僕は言ってしまう。生きよう、とか、作品で言ってしまう。

北方謙三は、そういうことを滅多にしないのだ。

しないからこそ、僕達は勝手に、そうなっていく。



そんな北方謙三には傑作が森のようある。

しかし、今までで一番良かったのは、北方版『三国志』だった。

壮大で、哀切で、雄雄しかった。



そして、今日読み終わった『水滸伝』は、その三国志に比肩する、凄まじい小説だった。

腐りきった国を打倒しようと、梁山湖に集った、108人の英傑たち。その十年の軌跡を、全19巻にわたって描きつくした作品だった。


読み終わったあと、放心したみたいに部屋に視線が定まらなかった。どこかに浮かんだみたいに体が軽くて、心がズタズタにされている。悲しいようで、嬉しい感覚だった。ここまで感動させてもらえたからだ。


眠れない。仕事が手につかない。

そんな昂奮を味わえる、至上の19冊です。



僕もそんな物語を綴りたいと思います。



 
 
posted by 皆見龍一郎 at 00:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

アラフォーランナー

今日は7時(PM)から代々木東京体育館で練習しました。



今週からメニューが一段とキツくなって、まじしんどい〜…



サーキット、と呼ばれる、競技場に幾つも障害物競走のように置いた筋トレグッズをこなして一時間走り続ける練習です。




ウチのチームの代表は陸上バカ一代を地で行っている最高にアツいおっさんなのですが、

今日はその代表(アラフォー)に完膚なきまでに置き去りにされてサーキットを終えました。…



情熱は若さを凌駕する?




いや! だからこそ負けられん!




今週から試験週です。

授業中本ばっかり読んでる僕はほんとうに試験ならぬ試練の週です。


今は、北方謙三の水滸伝を読んでますわーい(嬉しい顔)

オススメです決定


posted by 皆見龍一郎 at 23:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする